白川よう子STORY Vol.5

白川よう子STORY Vol.5

白川よう子STORY05

 多感な高校時代は、それまでの自分の生い立ちからも「全ての人が幸せに生きるにはどうしたらいいのか」を問い続けました。この答えを見出すために社会福祉を学びたいと、愛知県の日本福祉大学の夜間へ進学。奨学金も借りて働きながら学びました。

学生自治会活動の「新入生歓迎実行委員会」で受験生に声かけ(左から2番目)

 大学はかつての杁中校舎から知多半島の先っぽの美浜キャンパスに移転したばかりで、田舎育ちだった私もびっくりするような、海と山以外何もない町でした。アルバイトも山でのミカンの収穫やブドウの間引き、海苔の養殖やメザシ刺し、旅館や観光業等、都会では決して味わえない貴重な体験をさせてもらいました。夜は大学での講義と、それが終わってから夜遅くまで学生自治会やサークル活動。自治会は「新入生歓迎実行委員会」に所属し、新歓期に新入生が不安なく過ごせるよう、いろんな取り組みを行いました。サークルは「平和学研究会」で平和について勉強したり、「軽音楽同好会」でバンドを組みベースを弾いたりしました。

 たくさんの友人に恵まれ、夜間大学という特別な空間は同じクラスに父母と同じくらいの年齢の同級生がいたり、様々な生い立ちを抱えて入学してくる学友も少なくなく、自らの思いを率直にさらけ出すことができたこの時代は私にとってかけがえのないものでした。

 田舎で交通手段がない事もあり、大好きな250ccのバイクを乗り回し、各地にツーリングにも出掛け、野宿して北海道を一周もしてきました。ツーリング先では、たまたま知り合った一人暮らしのおばあちゃんが美味しい手料理を食べさせてくれるなど、行く先々でたくさんの人と出会いがありました。

 ゼミは「児童養護」を選択しましたが、恩師の村岡末広先生からは「物事の現象はそれだけを見ていたのでは解決の糸口は見えない。背景をしっかり見なさい。特に生活背景。それは時代や政治が生み出しているものでもある。」という事を繰り返し教えられました。今も私の「ものを見る目」の基軸となっています。

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